当道雑記 11
11 賊と博とを除きて
11-1
3 塙保己一 不器用
3-7 から続く
三絃も鍼も上達しなかった塙保己一(当時は千弥)に師匠の雨富検校は自分の心にかなうものに打ち込めと言った。ただし「賊と博とを除きて」と。
泥棒と博打以外で、と。師匠はなぜそんなことを言ったのか? そんな当たり前のことを。
11-2
言わずもがなのことを、わざわざ釘を刺して「泥棒と博打」だけはダメと言う。
考えられそうな可能性は二つ。
(1) 千弥は、泥棒と博打が好ましくないということも知らないほどの世間知らずだった。(あるいは、師匠からその程度の者と見なされていた)
(2) 技芸が上達しない千弥は、泥棒や博打ならば手っ取り早く稼げると考えた。(あるいは、時としてそんな考えが頭をよぎりそうになった) おそらく、(2)が妥当なのではないか。千弥(のちの塙保己一)は元来そういう人間なのだ。 11-3
雨富検校の隣に住んでいたという松平乗尹。読書を好み、千弥に読みきかせたという。
その乗尹の言。
一日乗尹同僚に語りけらく、彼瞽人が人となりを見るに、度量大に常人に越えたり、彼にして目あきたらんには、かへりて法令をもおかし其身をもそこなひなん、 目なきこそ幸いにはありけめ、後に必ず業をなしぬべきものなり、かく思ふが故に、常に懇にはすなりとぞいひける。
――『温故堂塙先生伝』
松平乗尹は、千弥の人間像について、向学心に燃えて学問に励む生真面目な少年というのとは異なった趣を感じ取っているようでもある。
当道雑記
近世当道