盲史跡・文化財

 当道に関係した人物等に関する墓、記念碑、像など。当道と直接かかわりのない近世以前の人物に関する史跡を含む。墓については現在所在が確認できないものも含む。多くは自由に見学・触察が可能である。

 名称に「 」を付してあるものは、碑の正面、像の台座などに記された名称。「 」のない名称には暫定的なものもある。《  》は、碑などの文面に記された建立年月・設置者など。


戸沢芳一墓
  岩手県盛岡市北山2-12-15 聖寿寺
  【戸沢芳一】?〜1865。検校。南部氏の支流三戸信敞の子。

「杉山流鍼灸術 開祖正五位杉山和一先生之碑」
  山形県上山市十日町9-29 観音寺境内
  《昭和3年 上山鍼灸マッサージ師会》

「鍼按灸術中興之祖 前総検校杉山和一先生之碑」
  福島県福島市 信夫山公園
  《大正2年5月18日 福島杉山報恩会》
  もと福島盲学校内にあったものを学校移転により移設。

八橋検校碑
  福島県いわき市平小太郎町3 小太郎町公園
  《昭和39年 鈴木光四郎撰》
  生誕350年を記念して建てられたもの。

「総検校杉山和一先生碑」
  福島県白河市愛宕94 関川寺
  《大正12年6月 白河盲人協会》

天保ききんの碑
  群馬県藤岡市牛田559-2
  天保飢饉の際の物価の高騰のさまを盲目の道心が石に刻みつけたという文字が残る。
  * 藤岡市教育委員会説明板

按摩師弟像
  埼玉県川越市小仙波町1-20-1 喜多院境内
  五百羅漢の中の3体。按摩をする若い盲人とその客、傍らで見守る師匠。

三芳野検校奉納の手水鉢
  埼玉県川越市砂久保66 砂久保稲荷神社境内
  天保8年(1837)5月奉納。側面に「願主 三芳野検校 当村氏子中」と刻まれている。
  【三芳野城長】1792〜1849。検校。医者。国学者。沼田順義。楽水院殿智道順義大居士。

三芳野検校奉納の石灯籠
  埼玉県熊谷市妻沼1511 歓喜院(妻沼聖天山)境内
  天保11年(1840)3月奉納。「三芳野検校」「江戸湯島」と刻まれている。

「旅立ちの朝」塙保己一像
  埼玉県本庄市早稲田の森1-8 JR本庄早稲田駅前
  少年時代の塙保己一像。15歳で江戸へ旅立った時の姿。

塙保己一記念館
  埼玉県本庄市児玉町八幡山368 本庄市役所児玉総合支所

  「総検校塙保己一像」

塙保己一旧宅
  埼玉県本庄市児玉町保木野235
  * 国史跡

塙保己一墓
  埼玉県本庄市児玉町保木野 塙保己一公園内
  【塙保己一】1746〜1821。総検校。国学者。和学講談所を設立。『群書類従』編纂。和学院殿心眼智光大居士。
  生家の荻野家墓地から2012年に移転。

塙検校和学講談所跡
  東京都千代田区三番町24
  寛政5年(1793)設立、最初は裏六番町(現 千代田区立九段小学校付近)。文化2年(1805)、表六番町に移転。
  * 東京都指定旧跡(大正7年4月)
  * 千代田区教育委員会説明板

阿斯能夜検校墓
  東京都港区虎ノ門3-10-10 栄閑院
  【阿斯能夜麻績一】1802〜1855。検校。鍼術家。国学者。広道院殿正誉慈門大居士。

麻岡検校墓
  東京都港区白金台3-17-5 妙円寺
  【麻岡長歳一】1791〜1858。検校。平曲江戸六世宗匠。心正院殿慈現日是大居士。

塙検校墓
  東京都新宿区若葉2-8 愛染院
  【塙保己一】1746〜1821。惣検校。国学者。和学講談所を設立。『群書類従』編纂。和学院殿心眼智光大居士。
  当初は愛染院東隣の安楽寺に葬られたが、明治31年(1898)、安楽寺廃寺に伴い改葬。
  * 新宿区指定史跡(昭和59年11月2日)
  * 境内に新宿区教育委員会説明板(平成3年1月)

吉川検校墓
  東京都新宿区弁天町100 多聞院
  【吉川湊一】1748〜1829。惣検校。平曲家。吉川院殿慈厳月満大徳大居士。
  墓石の正面に法名、他の3面に伝記を記す。《文政13年12月17日 荻埜長撰 市河三亥(米庵)書》
  * 新宿区登録史跡(平成14年2月1日)
  * 新宿区教育委員会説明板(平成15年3月)

滝沢馬琴墓・路女墓
  東京都文京区小日向4-9-5 深光寺
  【滝沢馬琴】1767〜1848。戯作者。晩年に失明。馬琴の口述を息子の妻・路が筆記して「南総里見八犬伝」を完成させる。著作堂隠誉蓑笠居士。
  【路女】1806〜1858。操誉順節路霜大姉。

  * 文京区指定史跡

山勢検校墓
  東京都台東区谷中3-1-2 大円寺
  【山勢松風一】1791〜1859。検校。江戸惣録。箏曲山田流。山勢家初代家元。蓮光院殿遵理日旋大居士。

山木検校墓
  東京都台東区谷中4-2-5 瑞輪寺
  「山田流山木家元歴代継承者供養塔」
  【山木(木村)松州一】?〜1820。山田流箏曲家。山木派初代家元。六如院殿釈始根浄覚大居士。
  【山木大賀一】1800〜1854。山田流箏曲家。山木派2代家元。福寿院殿幸根日満大居士。

三芳野検校墓
  東京都台東区池之端2-4-22 正慶寺
  【三芳野城長】1792〜1849。検校。医者。国学者。沼田順義。楽水院殿智道順義大居士。

「八橋検校顕彰碑」
  東京都台東区上野公園2 上野公園内 不忍池弁天堂参道
  《昭和41年8月21日 日本三曲協会》
  八橋検校の伝記と箏曲の歴史を記す。

江島杉山神社
  東京都墨田区千歳1-8-2
  * 墨田区教育委員会説明板「杉山和一と惣録屋敷跡」

  いわや
  相州江ノ島の岩屋を模して造営。杉山検校百回忌の寛政5年(1793)10月に改修。
  入口左手前に「いわやみち」碑(寛政8年5月)。窟内に杉山和一坐像。
  * 「岩屋重修記」《昭和39年11月18日 江島杉山神社宮司三木常正》

  其角句碑
  「ほととぎす一二の橋の夜明かな」。山登松和一、岩橋宮の一、井上左の一の三検校が連名で建立。

  「杉山検校頌徳碑」
  《昭和5年5月 杉山検校遺徳顕彰会》
  杉山検校の伝記を点字で記す。

  八橋検校の碑
  《昭和10年6月12日 山田流箏曲協会》
  八橋検校二百五十回忌の際の顕彰碑。

  「即明庵」碑
  《昭和40年5月18日 杉山検校遺徳顕彰会》
  裏面に「即明庵由来」。

鍼灸あん摩博物館(杉山和一記念館)
  東京都墨田区千歳1-8-2

弥勒寺
  東京都墨田区立川1-4-13
  * 門前に標柱「贈正五位杉山総検校墓所」《総検校杉山先生第二百五十年記念会》

  杉山検校墓
  【杉山和一】1610〜1694。惣検校。鍼術杉山流始祖。即明院殿眼叟元清。
  * 東京府史蹟(大正13年)

  はり供養塔
  * 「医療はり供養塔建立由来記」《昭和53年5月16日 はり供養塔建立委員会一同/(財)杉山検校遺徳顕彰会》

  杉山検校遺徳顕彰会碑
  《昭和34年5月 杉山検校遺徳顕彰会》
  顕彰会の歴史と江島杉山神社の頌徳碑再建の経緯を記す。

社団法人温故学会 塙保己一史料館
  東京都渋谷区東2-9-1

  群書類従版木
  * 国重文
  触察可能なレプリカあり。

  塙保己一坐像
  入口玄関横。

  塙保己一銅像
  水谷鉄也制作。昭和12年4月26日、来日したヘレン・ケラーが温故学会を訪問してこの像に触れた。

源照寺
  東京都葛飾区高砂7-13-34
  もと浅草新鳥越町(現 台東区清川1丁目)。関東大震災後現在地に移転。
  * 門前に標柱「流祖山田検校墓碑当山有之」
  * 葛飾区・葛飾区観光協会説明板

  山田検校墓
  【山田斗養一】1757〜1817。検校。江戸惣録。箏曲山田流祖。覚凉院殿一誉饗和斗養居士。
  墓石正面に山田検校の伝記を記す。《文化15年4月 加賀太田元貞才佐(太田錦城)撰》
  * 東京都旧跡
  * 東京都教育委員会説明板

  「山田検校の碑を移すの記」碑
  《昭和3年6月 中村一之助撰》
  山田検校の墓碑の移転の経緯を記す。

江ノ島弁財天道標
  神奈川県藤沢市・鎌倉市
  杉山和一が建立したと伝えられる。14基が現存。

杉山和一墓
  神奈川県藤沢市江の島1 西浦霊園
  【杉山和一】1610〜1694。惣検校。鍼術杉山流始祖。即明院殿眼叟元清。
  * 入口に標柱「贈正五位杉山惣検校墓所」
  * 藤沢市教育委員会・藤沢市観光課説明板「杉山検校の墓」
  * 藤沢市教育委員会説明板(点字併記)「杉山和一の墓」

江ノ島神社 長堀検校寄進の狛犬
  神奈川県藤沢市江の島2-2
  大鳥居下。慶応元年奉納。

江ノ島神社辺津宮
  神奈川県藤沢市江の島2-3-8

  福石
  杉山和一がこの石につまずいて管鍼を考案するきっかけを得たという伝承。
  * 藤沢市観光課説明板

  「杉山検校之碑」
  《明治32年5月 森斌撰》
  杉山検校の伝記を漢文で記す。

  「杉山和一総検校」像
  2021年。

江ノ島神社奥宮
  神奈川県藤沢市江の島2-5

  「山田検校碑」
  《大正6年4月10日 幸田成行撰 小野鵞堂書》
  山田検校の伝記を記す。

  山田検校像
  もとの像は太平洋戦争の際に供出。現存する像は戦後の再興。

江ノ島岩屋
  神奈川県藤沢市江の島
  杉山和一が7日間あるいは21日間参籠したという伝承。

米山検校墓
  新潟県柏崎市東長鳥
  【米山銀一】1702〜1771。検校。座頭貸しで財を築く。盲人教育機関の設立を計画。

仙国検校墓
  長野県上田市常磐城3-7-48 芳泉寺
  【仙国(仙石)くわん一】?〜1602。検校。仙石久忠。小諸藩初代藩主仙石秀久の子、2代藩主忠政の兄。失明して検校となる。

「鍼聖杉山総検校頌徳碑」
  三重県津市広明町147-1 津偕楽公園
  《昭和44年5月18日》

関蝉丸神社下社
  滋賀県大津市逢坂1-15-6
  蝉丸を祀る。

関蝉丸神社上社
  滋賀県大津市逢坂1

蝉丸神社(分社)
  大津市大谷町23-11

八重崎検校墓
  京都市上京区仁和寺街道千本西入る 五番町472 長徳院
  【八重崎壱岐一】1776〜1848。検校。箏曲。多くの三絃曲に箏の手付。直心院前三當藹法橋広栄禅師。

金戒光明寺
  京都市左京区黒谷町121

  やつはしでら標柱
  金戒光明寺内 常光院
  琴柱をかたどった標柱。

  八橋検校墓
  【八橋城談】1614〜1685。検校。箏曲。「六段」ほか。鏡覚院円応順心居士。
  隣に「八橋検校ノ碑」。

  「八橋検校ノ碑」
  《昭和9年 大日本箏曲連盟》
  八橋検校の伝記を記す。

実報寺
  京都市東山区五条橋東6-588
  * 門前に石標「流祖生田検校墓所参道」

  生田検校墓
  【生田いく一】1656〜1715。箏曲生田流祖。興隆院信入日宝。

「このあたり八橋検校道場の跡」碑
  京都市下京区室町通綾小路上る
  2008年6月5日除幕。

当道職屋敷跡
  京都市下京区仏光寺通東洞院東入る北側
  現在は京都市立洛央小学校の地。
  * 石標「盲人総取締所/当道職屋敷址」《昭和23年 京都府立盲学校同窓会・京都当道音楽会》
  * 木製説明板

菊岡検校墓
  京都市下京区富小路五条下る 本塩竃町 極楽寺
  【菊岡楚明一】1792〜1847。検校。三絃。手事物を多数作曲。奏天院暢楽浄和居士。

松浦検校墓
  京都市右京区西大路四条西院高山寺町18 高山寺
  【松浦久保一】?〜1822。検校。三絃。京流手事物を確立。「松浦の四つ物」。真入院殿門誉慧学超勝大徳。

諸羽神社
  京都市山科区四ノ宮中在寺町17

  琵琶石

  人康親王山荘跡 石碑

人康親王供養塔
  京都市山科区四ノ宮泉水町16 徳林庵

人康親王像
  京都市山科区四ノ宮泉水町17 十禅寺
  拝観は要予約。

「杉山先生碑」
  大阪市西区本田1-9-3 竹林寺
  大正5年7月18日除幕。

一心寺
  大阪市天王寺区逢坂2-8-69

  豊賀検校墓
  【豊賀検校】1743〜1785。検校。峰崎勾当の師として知られる。

  冨沢勾当墓
  【冨沢勾当】?〜1882。勾当。冨筋の祖。

円成院
  大阪市天王寺区下寺町2-2-30

  津山検校墓
  【津山慶之一】?〜1836。検校。初代津山。津山撥を考案。
  【津山春寿一】1798〜1853。検校。2代目津山。
  【津山虎一】1811?〜1869。検校。3代目津山。

  墓域なし。現在は無縁として墓石のみ残存。

壷阪寺
  奈良県高市郡高取町壷阪3

  お里沢市像

八橋検校の碑
  山口県萩市大字椿東 赤崎神社
  《天明4年6月12日 参一》
  八橋検校の百回忌に建立。

「八橋検校頌徳碑」
  北九州市小倉北区城内3-1 小倉城庭園
  八橋検校が小倉の生まれであるという説に基づく。

宮原検校墓
  福岡県久留米市 宗安寺
  【宮原高道一】1807?〜1864。検校。九州系地歌箏曲。

「八橋検校六段発祥地」碑
  長崎県諫早市城見町15-19 慶巖寺
  昭和27年7月、木碑建立。昭和39年11月、石碑建立。


 この一覧の中には未見のものも多数あります。不正確・不十分な点についてはご指摘ください。また、ここに記載されていない史跡の情報についても、ぜひご教示ください。


近世当道